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ふにゅえー

荒野に獣慟哭す5

 だから、伏羲と女かの伝承とかがどうたらがある。

人間と兎とコウモリと齧歯類は、遺伝的に全く無関係であるが、まぁ支那と言っときゃ当たらずとも遠からずなところでもふもふしてたのの子孫である。なにがしかの支那との関連をどうたらして環太平洋精神圏をだな。

 J・ダイアモンドによれば、さういへば、南方熊楠大先生が「在英九年の折」食べて、浮いたお金でビール飲むーをやった大変ありがたい豪州兎さんは、その後うさ疫ウイルスにより絶滅しかけたが、ウイルスさんの進化により毒のレヴェルを下げることになった。兎さんは無敵である(ちょっと違ふ)。伊藤先生は「最強生物兎」を主張する際、全力で「げっ歯目としての」それを主張する。ちなみに兎さんはナキウサギさんを除いて声帯さんが欠如さんをしてゐる。(前飼ってたウサギに葛を上げてご飯食べてたら、「ぴぃぴぃ」といふ異様な声がするのでウサギ小屋へ行ったところ、葛の蔓が根性で足に巻き付くのにパニックを起こしてゐた 多分食道で「ぼっぼっ」以外が出ると思ふ)  

サイボーグ009」を踏へた刺青の男のパロディが展開。うむっ。大気圏再突入は男のロマンだよなっ!!今だと、多分掲載時に見てたらなんとなく、ン年後にまたゴジラが見れる感じがするが、うp当時にそれを言ったら、コピペして拡散などをしない限り「シン・ゴジラとやら言うくそ映画が」とかになるんだどうせ。ほんでわんことメカと言ったら白川静の漢字の世界である。しかも娘さんつきである。奥が深い。

 伊藤先生はしぶとい。クマムシなのはいいとして、怪しい関西弁と九州弁に、硬談社の編集は「きょおてえ」文化圏の人であると言ふのが判明。押井守の見る「うる星やつら」的な世界に似る。

 「須らく」を普通に正しく使ってゐる。ひぃいい(ほぼ関係ないが、夢枕獏関係で「須らく」を誤用すると自動的に式を撃たれる感じが)。「藝術の一環として政治やる人」が悪者扱ひ。けっ。そんで以て、呉智英先生のいふ「ラ・クカラーチャのクカラーチャ(コックローチ)=従軍慰安婦説」がまだ出てこないうちに革命児サパタのますらをとしてのラ・クカラーチャの資料みたいなものをゲットだぜ。

 蝶々の使ひ方に、あの虫とプシュケー(魂)との関連を勉強して描いてる感じがない。「魚が生」だったナニがー。

 釣りの関係の描き方はこんな感じの筈。釣りやってるとおチャクラが全開するはず。  伊藤先生は多分まともなので、「人間にしっぽ」の設定に苦労してゐるが、荒俣宏パラノイア創造史」によれば、「有尾人てけっこう出るじゃないですか妄想」の人が結構偉いことゐるさうである。すげえ皮肉である。

 岡野谷一夫先生が言語の起源を調べた際、資料になる生物は哺乳類でデグー(意味のある音を出す)とハダカデバネズミ(序列を表す声と、意味のあるっぽい音)、あとテナガザルが一種なんとなくで、他どっちかっつうと十姉妹(「文法」、伝播)などの鳥類が高度なコミュニケーション能力を持ってゐるといふ説に至ってゐる。

 なんとなくホモサピは恐竜/鳥系へ収斂進化してゐる感じは確かにするな。

 鬼灯の冷徹 お墓―。くしゃみ編集長(にゃんしゅうちょう)とかのもふもふは良かったので、火車さんのもふもふも期待しうるかどうか―、うーん。さう言へばアヌビスさんと言ったら増川宏一盤上遊戯」かなんかで、古代エジプトの「本画に対するマンガ」みたいな表現を見たやうな気がする。