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ふにょぼがげー

文春だったか新潮だったかで、朝日放送での、古館伊知郎さんの「ISISとの対話を」に関し、呉智英夫子が「世界の情勢について何も知らん」とか言ってをり、誰だっけ、が「でもよくご存じなので、「じゃあちょっとシリア行ってくる」という企画はやらないんですよ」といふのが載ってゐた。

 5,6年前、絶倫大将だったやうな感じの岡田斗司夫御大のブログで、

「死んだとかこかれている手塚治虫さんが週刊ゴラクで復活。じじいなのにゴラクの人は、『漫画描かせてください』という手塚さんへ『そうですねぇ じゃあ手塚さん、イラクへ行ってくれますか?』御大『お安い御用』で今週号終わり、次週は「手塚治虫バグダッドで爆撃に会う!?」という夢を見た」

 とかあったが、さう言ふのはそれこそマンガ家とかになってしまって、テレビジョンメディアからは引いてゐるのだなぁとか思ふ。

今週の木曜 コンビニのモーニングで「ボッチャン」が完結し、へうげものと鬼灯の冷徹がないのを確認し、驚愕した。まう私はだめかもしれない。

 

 が売ってた。

 なんかSEALDsの人が、マッサー屋さんで働いてゐるとか言ふのを読む。ふーん。

 風雲児たち、「逃げ傷」がいろんな意味での「戦後けっこうたってから」によるものであるといふ指摘が、されてゐる。ふうん。ポジティヴに考へやう。戦後世代には白鬚(ワンピースの)とかの、「向こう傷いうて前に傷があるんやで(西原理恵子ぼくんち」)」に感動するのは戦争を知らん人だから‐てふか、「弓矢が戦争の表藝」なので、別にその辺がイデオロギー化妄想化するのはあうあう。